「ジャズのストーリーを受け継いでいくために」
『The Summit』に懸ける想い 中山拓海インタビュー
ジャズシーンの“危機”。
今、まさにその局面にあると言っても過言ではないと思う。
今までも様々な問題点はあったが、シーン全体を揺るがすほどの事象は
まだ起こっていなかった。
しかし、一連の新型ウィルス感染拡大により、こんなにも明確に、
そして身近に、その危機が起こる事を誰が予想できたであろうか。
日夜ライブを行うジャズクラブ、出演するミュージシャン達はたちまち苦境に立たされ、
リスナーもこの事態にどのように対処すべきなのか、“答えの見えない試行錯誤”はそれぞれの立場で、今もまだ続いている。
そんな混沌の中、シーン全体の危機から脱却し、
明るい未来へ向かうための意欲的な取組み、
「JAZZ SUMMIT TOKYO」が装いを新たに再びスタートする。
その取り組みの一環として、画期的な動画配信コンテンツ、
「The Summit」
が誕生する。
このプロジェクトの立案者の1人であり、先導するジャズサックスプレイヤー、
中山拓海に「JAZZ SUMMIT TOKYO」再立ち上げの経緯や意図と、
新たな試みである「The Summit」でチャレンジする事、
そしてジャズシーンのこれからについて、大いに語ってもらった。
(Photo by 森好弘 / Interview& Text by 小島良太)
目次
中山拓海 alto sax
1992年静岡県富士市に生まれる。国立音楽大学を首席で卒業。大学時代、早稲田大学ハイソサエティ・オーケストラに在籍し山野ビッグバンド・ジャズ・コンテスト最優秀賞を2年連続受賞、並びに最優秀ソリスト賞受賞。ロサンゼルスで開催されたグラミー主催、『グラミーキャンプ』に日本代表として全額スカラシップを受け参加。多国籍ジャズ・オーケストラAsian Youth Jazz Orchestraにてコンサートマスターを務め、アジア六カ国でツアーを行う。アゼルバイジャン共和国で開催されたバクージャズフェスティバルに自身のバンドで出演など国外にも活動の幅を広げる。2017年ジャズ雑誌“JAZZ JAPAN”の“2010年代に頭角を現した新鋭アーティスト60"に選出される。2019年4月、渡辺貞夫クインテット2days新宿ピットイン公演に渡辺貞夫氏 本人によりゲストとして呼ばれ参加。同年12月CD”たくみの悪巧み“でキングインターナショナルよりメジャーデビュー。ジャズ国内アーティストとしてキングインターナショナルからのリリースは史上初となる。学習院大学スカイサウンズオーケストラ講師。CJC (California Jazz Conservatory) JAPAN アシスタントデイレクター。
〈新型ウィルスの脅威〉
-現在(2020年6月下旬)もまだ新型ウィルスの脅威は予断を許さない状況ですが、
この脅威に対して、発生後、最初にまず何を考えましたか
ちょうど状況が悪化する時期にアメリカのサンフランシスコに行っていたので、
最初は実感が湧かなかったんですよね。3月半ばに日本に帰って来て初めて、
この事態は長期化するのでは、と感じ始めました。
また、そんな状況の中ではライブをすること自体がエゴになってしまうとも思いました。
だから、それ以外の方法で“音楽を発信できる方法”を考えたいと思うようになっていきました。
-ご自身の活動に、実際どのような影響がありましたか
まず、ホールなどの演奏からキャンセルになっていきました。
多くの観客を収容できる場所なので仕方ないと思いつつ、経済的には個人レッスンや
大学ビッグバンドの指導があるから、まだ大丈夫だと思っていました。
しかし、やがてジャズクラブでの演奏も次々とキャンセルになっていき、大学も休校に。
その時点で収入が絶たれてしまいました。
-今回の新型ウィルスによる混乱は、中山さんはもちろん、ジャズミュージシャンやライブハウス、総じて芸術文化の世界へ大きく暗い影を落としましたが、状況がどのように変化していくと思われましたか
ジャズクラブが無くなっていき、どんどん演奏する場が失われてしまうのでは、という危機感がさらに強くなりました。実際、4月頃の早い段階でいくつかのジャズクラブが閉店になり、その中には大変お世話になったお店もあったので辛く悲しかったです。
また密を避けるために座席数を減らすことによって、ミュージシャン及びジャズクラブや、そこで働くスタッフの方々の収益の減少が予想される事も考えましたね。
〈自粛期間の中での“気づき”〉
-自粛期間が4月頃から約2か月間ほど続き、ライブ活動が制限される中、
その期間中、どのような事に取り組まれましたか
今できることをとにかくやるしかないので、音楽を発信し続けようと思いました。
収入がなくなったからという単純な動機でやるんじゃなくて、今まで僕の音楽を楽しみにしていてくださって、外出自粛されているファンの方々に、ライブ以外の方法で音楽を届けたいと思ったので。
例えばYouTubeでは自分のチャンネルで、過去にInstagramに投稿して好評だった1人アンサンブル動画をシリーズ化して投稿していきました。
アレンジ、撮影、動画編集…。
気付けば1日中動画制作の為に時間を費やしていました。
非常に労力のかかる作業でしたが、これによって新しく僕のことを知ってくれた方もいたのでいい機会をもらったと思っています。
-たしかに中山さんの動画は毎回趣向を凝らして、楽器奏者やジャズファンでなくても楽しめる要素が多くあると感じました。
大変だった動画制作等、まだまだ先が見えない中の自粛期間のモチベーションとなったもの、または励みになった事、勇気づけられた事はありますか
これは間違いなく周囲からの反応ですね。ファンの方からの反応はとても嬉しかったですし、同じミュージシャンの皆さんからの反応があったのも嬉しかったです。
音作りも動画作りも新しいことをやっているから、どんどんアイディアが浮かんで来て、
大変でしたが、今振り返ると楽しく感じた事も多いです。
-困難な状況だからこそ、いつも中山さんを応援してくれているファンの方や、互いに高め合う存在であるミュージシャンの方との心強い支えを感じられる機会になったのかもしれませんね。
〈「The Summit」始動〉
-動画に焦点を当てた今回の新たなプロジェクト「The Summit」を開始しようと
思ったのは、どのような動機からでしょうか
自粛期間中に、自分が憧れている大御所ミュージシャンや、お世話になっている先輩ミュージシャンの皆様がこの状況で何をしてるのか、とっても心配になったんですね。
実際に、とある大先輩からお電話をいただいた時に「このまま演奏できないのかなぁ」なんて不安な声でおっしゃっていて。
僕はオンラインで発信できる方法を知っているからいいけど、それができる環境やノウハウがある方ばかりではないという事を、その時に痛感したんですよ。
だから御年配の方々や、PC操作が得意じゃない方にも、動画発信の“新しい場“’を提供できないかと考えたんです。僕がこの期間で蓄積してきたノウハウや、フィードバックを、ジャズシーンに還元できるのではないかと気づいたんです。自粛していた期間はそういった意味でも、今回につながる転機になったと思います。
そして、東日本大震災の時もそうでしたが、こうした不測の事態において音楽業界はダイレクトに経済的ダメージを受けることを改めて知りました。このような事態に、「自粛というなら補償を」と声をあげるのも大事ですが、まずは業界として自立して、こうした事態にも影響を受けづらい体質に変化していくことが必要なのでは、と思うようになりました。
声高に叫ぶ必要なく国から補償してもらえるように、長い時間がかかってでも、一般感覚に訴求していくことも重要だと思います。こういった話の際、よくドイツの例が出されますが、ヨーロッパ諸国で国が支援してくれるのは、音楽家のこれまでの努力もあったのだと思います。何より生活の一部として音楽が認識されている所の違いがあると思います。音楽家自身がそういった意識を持って、一般の方にそう感じてもらえるように活動していく「草の根運動」を、小さい単位からでも始めていくことで、いつかそうなるのではないかと信じています。
-以前、20代前半の若い世代を中心としたプロジェクトとして活動した
「JAZZ SUMMIT TOKYO」の名前で再び始動させようと思ったのはなぜでしょうか
「JAZZ SUMMIT TOKYO」を開催した2015年当時、若い世代のプロジェクトとして展開をしたのは“一つの見せ方”だったと思います。「ジャズをもっと“アツい”ものに」というコンセプトのもと、若い世代から発信することで何か起きたらいいな...という想いでした。今も当時も、もっとジャズを発信して、広く知ってもらって、僕が初めてジャズで感動した時の心の充実度を多くの人に体験してもらいたいという想いは、今回も受け継いでおり変わっていません。なので、さらにその想いを広い世代に向けて展開、発展させていきたいと思ったからです。
-今回新たにスタートする「The Summit」で行う事を具体的に教えてください
アーティストがライブ以外の発信の機会を得るために、YouTubeチャンネルを設立し、専門スタッフによる高音質、高画質、ハイクオリティな映像を提供します。
これにより、アーティストが個人単位では機材を揃えきれない部分を助け、同じく個人単位では難しい収益化の実現を試みます。そして各人が、より音楽に集中できる環境を作っていきます。正直、現時点で出演ブッキングさせていただいているバンドをYouTubeで検索しても、なかなかいい映像が見られない状況です。日本のジャズシーンはそういった映像が不足していると感じます。定点カメラで音もカメラに付いているマイクのままの状態など、音楽は素晴らしいのに、これではその魅力を広く発信できません。
僕自身、ライブの映像をiPhoneで撮影してYouTubeにUPしていた頃と、自宅でマイクや画角にこだわってUPしたものとでは、動画の再生数や高評価の数がまるで違います。音楽の内容はもちろん大事ですが、どう伝えるかって、とっても大事なんだというのも、これまた先程お話しした自粛期間の動画制作の経験で大いに気づきました。
それと、音楽に没頭している人ほど、見せ方に無頓着になっていることは往々にしてあると思います。そういった人たちの素晴らしい音楽、美しい生き方を映像として伝えたいです。セルフプロデュース力に関わらず、全てのミュージシャンの魅力を伝達できる方法がないと意味がないと思うんです。「The Summit」という存在が、真に音楽的魅力を持つ方が正当な評価を得ることのできる発信の場になれば、と切に願います。
また「JAZZ SUMMIT TOKYO FOUNDATION」を設立し、支援者を募る状態を作ります。動画制作で多くのミュージシャンに発信の場を提供し、いろいろなジャズクラブを紹介していきたいのですが、そこには莫大な費用がかかります。今回の動画のクオリティを見ていただければ、おわかりいただけると思うのですが、スタッフの技術と尽力は本当に計り知れません。今回はスタートから、出演ミュージシャン、撮影場所となるお店、動画制作スタッフそれぞれにきちんと対価が発生します。
それを持続的に発信していくためには新しい形の支援システムが必要だと考えました。
動画課金の収益だけではなく、出演ミュージシャンの音源販売、ミュージシャンの音楽性や素顔に迫るインタビュー映像や撮影時のスチール写真を販売したりすることによって、音楽関連のプロダクトがある状態で、支援者も支援し続けやすく、また発信者も発信し続けられる状態を作ります。“持続的なクラウドファンディング”というイメージです。
-そうしてもらえると、こちらとしても選択肢が増えて、自分に合った応援の形を見つけやすいのでありがたいですね。
正直言って、うまくいかなければ僕自身が火の車になるかもしれません。
でも、ミュージシャンやお店に対してライブ以外の方法を提案するからには、ちゃんと保証した状態でスタートしないと意味がないと思うんです。このためにはちゃんと対価が存在して、それをファンのみなさんにも理解してもらう。
この辺りも一般の方に文化意識を持ってもらうための「草の根運動」の一環だと思っています。僕にとってはまさに“背水の陣“です。
とにかく急がないとならないと思うんですよ。
本当はもっと余裕を持ってブッキングして、組み立ててっていう過程を経て動きたいです、そりゃ。
でもそんなことしている間に世の中は自粛緩和。
僕達はなんだか取り残された気分です。
この穴埋めのためにはスピード感が必要だと思っています。世の中の経済的な危機感との差が生まれる前にSOSを発信して、ライブ以外への出資が特別じゃない流れに持っていきたいと思っています。
-それを踏まえて、このプロジェクトの特にアピールしたいポイント、また大きな特徴だと思う事は何でしょうか
まず第一に動画のクオリティです。
そこに自信があるから、今回話を進められています。
日本には素晴らしいミュージシャンの方々がたくさんいらっしゃって、それをもっと広く伝えたいと以前から思っていました。今回、映像を担当してくれる渡邊シン氏と出会い、試作段階で彼の映像を観て「この映像のクオリティで様々なアーティストの音楽を発信できるんだ」と想像して、とてもワクワクしました。
録音に関しても、小林篤茂氏とは大学時代からの知り合いで、お互いにイメージをすり合わせながら度重なるチェックの上、基本的な部分を作成しました。これから様々なアーティストとご一緒する中で映像も音も進化していくと思います。
あと、ある程度仕組みが整ったら、是非、日本各地で活躍するミュージシャンの方にも出演していただきたいですね。
また、海外から日本へ安心してツアーなどで来れるようになったら、海外のミュージシャンとも共演できる場になればと思っています。
▼渡邊シン氏の制作の動画。ユーモラスなアイデアと同時に、確かな映像編集技術、卓越した音楽技術が垣間見える。
-このプロジェクトをキッカケにどういう事を実現していきたいですか
僕がなぜジャズミュージシャンになったかー。
それはライブを聴きにいって、心に響いて、その感動を与えてくれたジャズミュージシャンに憧れたからです。
ライブの席数が減れば、単純にその感動する機会、聴き手の数も減ります。
ジャズに対して感動してほしい、プロミュージシャンに憧れて目指してほしい、だから、新しい機会を作りたいと心から思いました。
チャーリー・パーカーからマイルス・デイヴィスに、マイルスからジョン・コルトレーンに引き継がれていったようなジャズスピリットは海を渡り、僕達の偉大な先輩方が引き継いでいると思います。このストーリーの続きを日本に数多く存在するジャズファンの方々と共に作っていきたいと思っています。
〈ジャズシーンの未来〉
-中山さんが理想とするジャズシーンはどんな世界でしょうか
素晴らしい音楽が正当に評価されることです。「いい音楽ほどお客さんが来ないから。」そんな言葉を、明るく語るミュージシャンやジャズクラブオーナーにこれまで何人も会ってきましたが、そんな言葉がもう出ないような環境になんとか変えていきたいです。
-それを実現するために必要な事とは何でしょうか
本質的には、やっぱり音楽の持つ力だけなんだと思います。しかし繰り返しになりますが、そのように音楽家が音楽だけに没頭してきた結果、声高に「自粛というなら補償しろ」と言わざるを得ない状況になっていったのも現実だと思います。見せ方を考え、一般的な感覚に訴えながら、音楽の本質を見失わず、最終的に音に共鳴、共感してもらうことが非常に重要だと思います。
そして未来のジャズミュージシャンが僕達の発信する映像を視聴して、そこに出演しているジャズミュージシャン達に憧れる瞬間が訪れるのを切望します。
そうやって、次の世代へジャズのストーリーを受け継いでいく事。それが僕達の大きな使命だと思います。今回の取り組みへの応援、是非よろしくお願い致します。